Skypeで知り合いからメッセージを受信した。
最後にやり取りをしてから暫く経っていたのだが、実感はなかった。
こうして人は時間の感覚を拗らせながら、生きていくのだな。
半年振りのメッセージだった。

僕が押上に越してきたことを告げると、一緒に行きたい場所がある、とのことで誘いに乗った。
ハッテン場だった。

ハッテン場とはいっても、この言葉で広く認知されているほどの爛れた場所ではなく、低額で自由に酒が飲める場所だった。
お世辞にも綺麗とは言えない。狭い部屋の安っぽいちゃぶ台の上には、これまた安いウイスキーや焼酎のボトルが並び、その後ろにはこれでもかと安い割もののペットボトルが鎮座している。
いまいちナンバーの揃わない"G-men"や「さぶ」が乱雑に置かれた棚を尻目に、僕らは小さなロッカーへ荷物を放り込み、畳の上に座って酒と割ものを混ぜ始める。いわゆるセルフサービスなのだ、ここは。ワインクーラーは冷蔵庫で作られた四角い氷で満たされており、トングで摘まんではじゃらじゃらと音を立たせながらグラスへ投げ込む。
散らかってはいるが、何故か妙に落ち着く場所であった。

ジャスミンハイをちびちび飲みながら90年代のトランスについて語る知人の話を聞きつつも、僕はこの部屋にいるもう一人の人間が気になってしょうがなかった。

頻度の高い呼吸音はまるで空気清浄機のようだった。
風に吹かれた砂漠のように刻まれた皺。
禿げ上がった頭。震える細い手足。
少なくとも、歳は70を超えているだろう。
時折、こちらへ目配せしては、立ち上がり、奥の部屋へと消え、また少し経つと戻ってくる。
こんな狭い部屋のなかでも、壁に手を添えなければふらついて歩けない。
奥の部屋ではビデオデッキでAVが再生されているらしいのだが、中の様子を見に行くまでの興味は湧かなかった。
その後、おじいさんが何度か部屋を往復した後、もう一人、男が奥の部屋から出てきた。

白髪の増えた髪を綺麗に短く刈りそろえた中年の男性。
何らかのスポーツに励んでいるのか、腹は出ているものの身体は鍛えられていた。
机を挟んで僕の真向かいに座ると、グラスの半分以上をウイスキーで満たすと、残りを炭酸水と氷で埋める。
どうやら彼はこの「ハイボール」を数杯飲んでいる様子であり、顔は赤らんでいるものの、酔っている気配はなかった。

その飲みっぷりを見ている間に、おじいさんはまた奥の部屋とこちらの部屋を行き来する。
僕はいつ転ぶか分からない彼の一挙一動を捉えながら、濃い目に作ったまずい緑茶(粉末)割を飲んでいた。

知人との話題が「魔ゼルな規犬」に到達したところで、おじいさんはようやく帰りの支度を始める。
中年男性の話によれば、このおじいさんは昼過ぎには来ていて、それからずっと飲んではビデオを見ていたらしい。
小さなウェストバッグを取り出したところで、中年男性はおじいさんに声をかける。大きな声で。

「お父さん。忘れものしないようにね。」

それでもおじいさんは聞こえないらしく、僕が近くで何度か声をかけるとようやく返事をした。

「おう、おう」

そう応えながら、よたよたと階段を降りていった。
されどもハッテン場である。こんな場所で大怪我でもされたら、救急車を呼ぶにも困るし、とはいえそのまま見殺しにすることもできない。おじいさんが無事に退店したことにほっと胸を撫でおろしていると、入れ替わりでマスターが部屋を訪れた。

飲み干したグラスやごみを片付けている合間に、マスターが先のおじいさんについて話し始める。
どうやら彼は昔からの常連らしく(20年ほど)、今は相方と一緒に暮らしているらしい。
しかしながら歳を重ねたこともあり、この間はお手洗いへ向かおうとした際に階段の段差で失禁してしまったらしい。

そんなこともあるから、と言いながらマスターは空になったグラスを束ねていく。

僅かな沈黙だけが、狭い部屋をいっぱいにした。

この先、自分がどのようにして歳を取り、老いていくかなんてことは、考えることは時たまあったとしても、常にぼんやりとしたものでしかなかった。まともに考えたくなかったのだろう。

いつかは。

煙草を吸おう、と思い手を伸ばした先にあった箱はピースではなく、知らない銘柄の煙草と、見覚えのないライターであった。
他の二人に尋ねても、自分のものではないと言う。
お父さんの忘れ物をマスターに預けながら、狭くて散らかった部屋に浮かぶ煙草の煙がなんとなく愛おしく思えた。


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買ったばかりの自転車を漕いで、両国へ続く住宅街を眺めていた。
今年はスカイツリーがオープンしてから5周年だそうだ。通勤中に都営浅草線の中吊り広告で見かけたので、何となく覚えていた。
連休も相まってか、観光客で溢れるソラマチを避け、タワービュー通りを抜け、博物館を越え。

その日は初夏と思えないほど、とても暑かった。
白いTシャツはとっくに汗でびしょ濡れになっていて、気付けば喉もカラカラに渇いている。
コンビニで水でも買ってくればよかったと後悔した。
人気のない真昼の住宅街では、時折思い出したかのように風がそよぐだけで、コンクリートから照り返される太陽の光が鈍い輝きを放っていた。

誰一人として路を歩いていない。
修理工場の倉庫、鄙びたスナック、パブ、小さすぎる公園。置きっぱなしのプランター。
近くでは工事をしているのか、微かな振動と、金属が鉱物を砕く音が聞こえ始めた。

ナンバーガールの曲みたいな風景だなあ、などとうっとりしながら、Tシャツの代えをどこで調達するかについて考えていた。